昨日ボーイフレンドのお父様が亡くなりました。闘病生活ほぼ1年半。
心からご冥福をお祈りします。



高齢者が病気をすると認知症も進むわけで。

病気そのものとの闘い、機能や認知症の改善のためのリハビリ、それらのための施設探し、家族の付き添い、費用の捻出、、、、etc. 


私は当事者ではないので傍から見ているだけでしたが、高齢社会なのに高齢者の病気あるいは病気と共に生きる生活に対する施設のあまりに貧弱さに、愕然とすることもしばしば。



年齢的に友人との会話でも、自分自身の健康問題や、親の病という話題が増える一方ですが。



どう生きて、どう死んでいくのか、というのは避けられない事である以上、せめて高齢者が尊厳をもって晩年を過ごす施設は拡充して欲しいです。



私は原発に反対。
グリーン・エネルギーの拡大を望んでいます。
子供は社会の宝だと常々思っているので、産休や育休の制度、保育施設、子供を産んでも働きながら「両親」で子育てが出来る社会にもなって欲しい。



そういう願いに加えて、もう1つ、政治に関する望みが「高齢者対策」だなぁとしみじみと考えた1年半でした。
(幸いにも私は両親が健在で、まだ元気ですが)



昨晩、ダーリンと珍しく電話で話しながら。
ご家族やお孫さんたちに見守られながらの安らかな最期のひとときだったようで。
彼のお父様の安らかな「気」を感じました。



肉体的な痛みや苦痛。
体や意識が自分の意のままにならないもどかしさ、など。



それらから解放されてゆっくりとお休みください、と願いながら。



本当にお疲れ様でした。


個人的なメモでした。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

日記内を検索