本日、やはり喘息が改善せず有給休暇取得。午前中はずーーっと眠れてしまって、どれだけ疲れていたんだろうと我ながら驚く。
先週の会社の非常に気の張るイベント開催に際して、米国人講師とのやりとりから始まって、ずっと緊張しっぱなしだった。
無事開催できて一安心。
嬉しい結果も出て、もう一安心。
でも、その間も様々なケアが必要で緊張していた。
そこへ地震。
今朝、ボーイフレンドが、「想定外の天災まで重なって、自分の想像以上にストレスがあったのだと思います。」ってメールをくれて、ようやくそのことに気付く始末(笑)。
あ、そっかー。そうだよねー。自分で思う以上に自分に負荷がかかっていたんだなぁ・・・・・・。自分のことって自分が一番気付かなかったり、するよね。
後2粒気管支拡張剤が残っていたのを発見して、じっくり静養いたしました。
その間にも掛かってくる仕事の電話。
今月から来月初頭へ掛けてはイベントが目白押し、のはずだった。
来週はまた、米国人講師が来日してイベントを開催する予定だった。でも、延期。
米国政府は関係者(援助や原子力研究者、等の関係者)以外の日本への渡航を制限する旨宣言したとのこと。必要じゃなければ、行くな、と。
日本人が西への避難を考える位だから、当然といえば当然なのでしょう。
でも、私は生まれも育ちも横浜。家族も横浜にいる。大切な人たちも横浜にいる。仕事も私が抜けるわけにはいかない。
ひとつのイベントは延期になったけれど、それ以外にも次々とイベントがある。それを取り仕切る必要がある。
その中で出来ることをするしかない。
募金をどこからするか考えていたんだけれど、とりあえず、クレジットカードのポイントを寄付できることを知ってやってみた。
明日以降で赤十字にも募金しようと思う。
いつもネットで買っていた猫砂は残りが少なくて不安だけれど、猫のえさもあるし、ボトルの水も多少は買ってある。
生米も冷凍食品も野菜も卵も缶詰も多少ある。停電予定地域に入っていないのだから、パスタやあれこれも考え併せたら食品も大丈夫だろう。
これから随分と長いこと、野菜や魚、それから牛乳や肉などなどの食品の安全性を考える生活が始まるのだと思うと、放射能を浴びていない野菜の最後の方のグループになるのかもしれないなぁ・・・なんてことも、頭をよぎる。
以下、とりとめないメモです。自分的備忘録かな。
We should remember that we are so fragile. という、昔仕事をしていたアメリカ人の言葉。
健康で生きていられることを私達はどれほど軽視しているか。
我々はどれだけ壊れやすい存在かということを、みんな忘れている、と。
若い頃から原発にはずっと反対だった。広瀬隆氏の原発反対の著作は随分読んだ。(原発を東京に、など)
地震列島に原発を置くこと自体が間違っているじゃないかと。自国でリサイクルできるあてもなく核廃棄物を作り続ける構造はおかしいと。
でも、日本は原発推進国。
ヨーロッパでは基本的にフランス以外は原発を廃止しようという流れだったと思うれど、代替エネルギーが見つかればって前提だったと思う。
アメリカも脱石油から原発推進へ動き出した途端の今回の事故。
ドイツはすぐに老朽化した原発の稼動を凍結と発表したそうだけれど、どの国もエネルギーの供給と、経済成長と、地球温暖化を招かないエネルギーの確保と、政治的関係で脱原発は言うほど易しくは無いんだよね。
地球は丸くて、水は繋がっていて。
今表面的に逃れられた様に思えても、何かあったら、何かしらの影響は受けるのだろうな、という諦めににた気持ちはずっと持っていた。
私は若い頃に交通事故で死に掛けたから、自分の「死」そのものに対してはあんまり恐怖は無いのだけれど。
大切な人と生き別れる、ということに対する恐怖が凄くある。
それは朝普通に出かけて行った私(娘)が、夜大怪我をして救急病院の担当医に、「よく生きてたねぇ。」と言われるほどの怪我をして入院した経験があるから。
病院に呼ばれた両親はさぞかし心を痛めて来ただろうと、彼らの年に近くなった今の自分はそう思う。
だから、私は喧嘩別れはしない。
喧嘩をしたら必ず仲直りする。
仲直りせずに逢えなくなったりしたらどうしようと、つい、思ってしまう。
大切な人には「愛している」としょっちゅう言う。生きているうちに伝えておこうと、つい、思う。
今回の地震で、愛している人に連絡が取れない痛みを再び思う。
顔を見て「大丈夫?」って言えない不安を思う。
やっぱり、好きな人とは一緒にいたいものだね。
不景気とか、新興国の経済発展とか、色々言っても
地球人は10年前、20年前みたいに、エネルギーも資源も使い放題使って、好きなように贅沢できる時はもう来ないのではないかな。
マグロやカニは美味しいね、確かに。
世界中のマグロやカニや海鮮資源を買占めしていた日本人。
魚はヘルシーだと日本以外の人々も魚を食べ始めたら、日本人の分け前は減ってしまった。
当たり前だよね。
以前みたいに格安に手に入らないなんて嘆いたってしょうがないんだよ、もう。
知恵を絞って、エネルギーや人的資源を過剰に消費した「何でも食べれて、何でも手に入る日本」はもう終焉に近づいているのだよ、って思う。
電気を使い放題も転換期が来たのだよ。
手に入るもので、
使えるエネルギーで生きていく時代が来たのだと、
そんな風に思ったり、していたこの2日間。
せめて、放射能被害が少しでも低いものでありますように。
地震の被災地の方が、
全てをなくした上に放射能被爆で健康被害なんてこと、
酷すぎる。
先週の会社の非常に気の張るイベント開催に際して、米国人講師とのやりとりから始まって、ずっと緊張しっぱなしだった。
無事開催できて一安心。
嬉しい結果も出て、もう一安心。
でも、その間も様々なケアが必要で緊張していた。
そこへ地震。
今朝、ボーイフレンドが、「想定外の天災まで重なって、自分の想像以上にストレスがあったのだと思います。」ってメールをくれて、ようやくそのことに気付く始末(笑)。
あ、そっかー。そうだよねー。自分で思う以上に自分に負荷がかかっていたんだなぁ・・・・・・。自分のことって自分が一番気付かなかったり、するよね。
後2粒気管支拡張剤が残っていたのを発見して、じっくり静養いたしました。
その間にも掛かってくる仕事の電話。
今月から来月初頭へ掛けてはイベントが目白押し、のはずだった。
来週はまた、米国人講師が来日してイベントを開催する予定だった。でも、延期。
米国政府は関係者(援助や原子力研究者、等の関係者)以外の日本への渡航を制限する旨宣言したとのこと。必要じゃなければ、行くな、と。
日本人が西への避難を考える位だから、当然といえば当然なのでしょう。
でも、私は生まれも育ちも横浜。家族も横浜にいる。大切な人たちも横浜にいる。仕事も私が抜けるわけにはいかない。
ひとつのイベントは延期になったけれど、それ以外にも次々とイベントがある。それを取り仕切る必要がある。
その中で出来ることをするしかない。
募金をどこからするか考えていたんだけれど、とりあえず、クレジットカードのポイントを寄付できることを知ってやってみた。
明日以降で赤十字にも募金しようと思う。
いつもネットで買っていた猫砂は残りが少なくて不安だけれど、猫のえさもあるし、ボトルの水も多少は買ってある。
生米も冷凍食品も野菜も卵も缶詰も多少ある。停電予定地域に入っていないのだから、パスタやあれこれも考え併せたら食品も大丈夫だろう。
これから随分と長いこと、野菜や魚、それから牛乳や肉などなどの食品の安全性を考える生活が始まるのだと思うと、放射能を浴びていない野菜の最後の方のグループになるのかもしれないなぁ・・・なんてことも、頭をよぎる。
以下、とりとめないメモです。自分的備忘録かな。
We should remember that we are so fragile. という、昔仕事をしていたアメリカ人の言葉。
健康で生きていられることを私達はどれほど軽視しているか。
我々はどれだけ壊れやすい存在かということを、みんな忘れている、と。
若い頃から原発にはずっと反対だった。広瀬隆氏の原発反対の著作は随分読んだ。(原発を東京に、など)
地震列島に原発を置くこと自体が間違っているじゃないかと。自国でリサイクルできるあてもなく核廃棄物を作り続ける構造はおかしいと。
でも、日本は原発推進国。
ヨーロッパでは基本的にフランス以外は原発を廃止しようという流れだったと思うれど、代替エネルギーが見つかればって前提だったと思う。
アメリカも脱石油から原発推進へ動き出した途端の今回の事故。
ドイツはすぐに老朽化した原発の稼動を凍結と発表したそうだけれど、どの国もエネルギーの供給と、経済成長と、地球温暖化を招かないエネルギーの確保と、政治的関係で脱原発は言うほど易しくは無いんだよね。
地球は丸くて、水は繋がっていて。
今表面的に逃れられた様に思えても、何かあったら、何かしらの影響は受けるのだろうな、という諦めににた気持ちはずっと持っていた。
私は若い頃に交通事故で死に掛けたから、自分の「死」そのものに対してはあんまり恐怖は無いのだけれど。
大切な人と生き別れる、ということに対する恐怖が凄くある。
それは朝普通に出かけて行った私(娘)が、夜大怪我をして救急病院の担当医に、「よく生きてたねぇ。」と言われるほどの怪我をして入院した経験があるから。
病院に呼ばれた両親はさぞかし心を痛めて来ただろうと、彼らの年に近くなった今の自分はそう思う。
だから、私は喧嘩別れはしない。
喧嘩をしたら必ず仲直りする。
仲直りせずに逢えなくなったりしたらどうしようと、つい、思ってしまう。
大切な人には「愛している」としょっちゅう言う。生きているうちに伝えておこうと、つい、思う。
今回の地震で、愛している人に連絡が取れない痛みを再び思う。
顔を見て「大丈夫?」って言えない不安を思う。
やっぱり、好きな人とは一緒にいたいものだね。
不景気とか、新興国の経済発展とか、色々言っても
地球人は10年前、20年前みたいに、エネルギーも資源も使い放題使って、好きなように贅沢できる時はもう来ないのではないかな。
マグロやカニは美味しいね、確かに。
世界中のマグロやカニや海鮮資源を買占めしていた日本人。
魚はヘルシーだと日本以外の人々も魚を食べ始めたら、日本人の分け前は減ってしまった。
当たり前だよね。
以前みたいに格安に手に入らないなんて嘆いたってしょうがないんだよ、もう。
知恵を絞って、エネルギーや人的資源を過剰に消費した「何でも食べれて、何でも手に入る日本」はもう終焉に近づいているのだよ、って思う。
電気を使い放題も転換期が来たのだよ。
手に入るもので、
使えるエネルギーで生きていく時代が来たのだと、
そんな風に思ったり、していたこの2日間。
せめて、放射能被害が少しでも低いものでありますように。
地震の被災地の方が、
全てをなくした上に放射能被爆で健康被害なんてこと、
酷すぎる。
コメント
過ぎてしまったことは、もう仕方ないです。
現状日本に沢山ある原発をいきなり無くすことが、現実的でないこともわかってます。
でも、きっと今回のことで多くの人がいろんなことを考えるんじゃないかと思うのね。
そうした中で、自分が思うことを何らかの動きにプラスできればな、と思いました。
バブルを経て、何でもお金を払えば手に入って、その後「企業努力」で地の果てからでも、何でも調達してくる「知恵と技術」の上に成り立っている今の生活。
どこかでホツレが出る頃合いですよね。
原発をすぐに撤廃せよって叫んでも、現実的ではないですね。でも、新しい生活の仕方を考える時期なんだよ、っていう今の気持ちを記しておきたいと、思い書きました。
自分に出来ることから一歩ずつですね♪地震がはやく収まって、原発の被害がこれ以上拡大しないことを現地の人のためにも祈るばかりです。