検屍官シリーズの最新作をお正月に読みまして・・・・・・・・。
その名も: 「スカーペッタ」 パトリシア・コーンウェル著
何だかなぁ・・・・・・・な、作品だったのですが。今仕事の資料待ちで少し時間があるので、感想なぞ。
~~以下、かなり辛口~~
多分(少なくとも外見的に)、検屍官のケイ・スカーペッタ = 著者のパトリシア・コーンウェル、みたいなイメージを持っている人、多いのではないでしょうか。
作品中の描写と、日本語版の帯にどどーーんとよく出していた顔写真と比べてね。
今回の「スカーペッタ」は、そのタイトル通り、まさにケイ・スカーペッタの話になっているのですが。本当に、よくもわるくも、スカーペッタについての話なんだわー、これが。
上下巻あって、一応ミステリにカテゴライズされるのだろうと思うのだが・・・。これだけストーリーの中で、主人公が権力も力も美も人徳も兼ね備えた素敵な人物だと、あれこれ語らせるミステリあるいは小説ってあるんだろうか、と少々辟易・・。
コーンウェルさん、不幸なんだろうか。それとも、とっても幸福なんだろうか。
シリーズの中で、生き返る人がいたり、若返ったり、ポジションを追われたり、公人から私人になったり、と色々な変化があったシリーズですが。まぁそれはある程度許せるとしても、だ。
今回はオリジナルなメンバーの人間関係やら環境を今一度古き佳き時代に近づけようという階段の途中の作品みたいな感じ。
以前、Politically Correct というフレーズが流行ったことがありましたが、そういう配慮が妙に目立つ設定になってるしねぇ。
人種、障害、性的嗜好、などなどなど・・・・・・・・。レズビアンについても、もはや必須の要素なのでしょうねぇ・・・・・・・。
今回は、被害者も容疑者も little person。"小さい人”と訳されてますね。日本語だと、小人症と言うのが一般的なのかなー。
検屍官シリーズは、医学的な特徴から容疑者を割り出すのがひとつの持ち味でもあるから、しょうがないのかもしれないけれど。以前も、代謝異常から来る体臭をモチーフにしたり、あれこれ工夫はしてるんだろうけどなぁ・・・・・。
でもなー、落ちが随分あっさりと割れたのもねぇ・・・・・・・・・。へ?って感じだし。
ともかく上下巻の中でミステリ的要素は半分以下なんじゃないの?って位に、主人公たちについてのストーリーなのだよ、これが。
それにしても、だ。
アメリカって国は私が昔留学なんぞしてたり、以前一年に2回か3回行ったりしていた頃とは随分と変わってしまったんだろうなーと言う妙な感慨も。
田辺聖子氏が、一時期妙にブランド品の名称なんかを小説に盛り込んだ、ある意味トレンディーな小説を書いていた時期があり、ワタクシは個人的にとても気持ち悪かったのですが。
今回のスカーペッタにも、ブランド、人名等々、現実世界の固有名詞が溢れてますねー。そういうのって薄っぺらいと思うんだけどなー。
それが功を奏しているとしたら、ピリピリした、ますます物質的な国になっちまったんだろうというアメリカの空気感はよく出ているかもしれない。
何ちゅうさびしい感想。
検屍官シリーズ、昔面白かったのにねぇ。
最近はあきまへんねー。
シリーズの前作も、もうすっかりあらすじ忘れてますが、これもそういうことになりそうな予感。いや、確信。
ケイ・スカーペッタ賛美に尽きた小説でした。まる。って感じっす。
残念。
その名も: 「スカーペッタ」 パトリシア・コーンウェル著
何だかなぁ・・・・・・・な、作品だったのですが。今仕事の資料待ちで少し時間があるので、感想なぞ。
~~以下、かなり辛口~~
多分(少なくとも外見的に)、検屍官のケイ・スカーペッタ = 著者のパトリシア・コーンウェル、みたいなイメージを持っている人、多いのではないでしょうか。
作品中の描写と、日本語版の帯にどどーーんとよく出していた顔写真と比べてね。
今回の「スカーペッタ」は、そのタイトル通り、まさにケイ・スカーペッタの話になっているのですが。本当に、よくもわるくも、スカーペッタについての話なんだわー、これが。
上下巻あって、一応ミステリにカテゴライズされるのだろうと思うのだが・・・。これだけストーリーの中で、主人公が権力も力も美も人徳も兼ね備えた素敵な人物だと、あれこれ語らせるミステリあるいは小説ってあるんだろうか、と少々辟易・・。
コーンウェルさん、不幸なんだろうか。それとも、とっても幸福なんだろうか。
シリーズの中で、生き返る人がいたり、若返ったり、ポジションを追われたり、公人から私人になったり、と色々な変化があったシリーズですが。まぁそれはある程度許せるとしても、だ。
今回はオリジナルなメンバーの人間関係やら環境を今一度古き佳き時代に近づけようという階段の途中の作品みたいな感じ。
以前、Politically Correct というフレーズが流行ったことがありましたが、そういう配慮が妙に目立つ設定になってるしねぇ。
人種、障害、性的嗜好、などなどなど・・・・・・・・。レズビアンについても、もはや必須の要素なのでしょうねぇ・・・・・・・。
今回は、被害者も容疑者も little person。"小さい人”と訳されてますね。日本語だと、小人症と言うのが一般的なのかなー。
検屍官シリーズは、医学的な特徴から容疑者を割り出すのがひとつの持ち味でもあるから、しょうがないのかもしれないけれど。以前も、代謝異常から来る体臭をモチーフにしたり、あれこれ工夫はしてるんだろうけどなぁ・・・・・。
でもなー、落ちが随分あっさりと割れたのもねぇ・・・・・・・・・。へ?って感じだし。
ともかく上下巻の中でミステリ的要素は半分以下なんじゃないの?って位に、主人公たちについてのストーリーなのだよ、これが。
それにしても、だ。
アメリカって国は私が昔留学なんぞしてたり、以前一年に2回か3回行ったりしていた頃とは随分と変わってしまったんだろうなーと言う妙な感慨も。
田辺聖子氏が、一時期妙にブランド品の名称なんかを小説に盛り込んだ、ある意味トレンディーな小説を書いていた時期があり、ワタクシは個人的にとても気持ち悪かったのですが。
今回のスカーペッタにも、ブランド、人名等々、現実世界の固有名詞が溢れてますねー。そういうのって薄っぺらいと思うんだけどなー。
それが功を奏しているとしたら、ピリピリした、ますます物質的な国になっちまったんだろうというアメリカの空気感はよく出ているかもしれない。
何ちゅうさびしい感想。
検屍官シリーズ、昔面白かったのにねぇ。
最近はあきまへんねー。
シリーズの前作も、もうすっかりあらすじ忘れてますが、これもそういうことになりそうな予感。いや、確信。
ケイ・スカーペッタ賛美に尽きた小説でした。まる。って感じっす。
残念。
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